不動産や株式などの名義変更があった場合(1)
親が所有する不動産や株式などの財産について無償で子に名義変更があったとします。この場合、原則的には親から子へ財産の贈与があったものとして、子に贈与税が課されます(相続税法基本通達9-9)。しかし、親子など親族間で行われる無償による財産の名義変更は、真に贈与の意思を有してされたものかどうかもわからないですし、贈与税がかかることを全く考慮せずに贈与以外の別の事情で行われたりすることも少なからずあるかもしれません。こうした事情があるにもかかわらず、一律に贈与税を課することが適当でないケースもあるので、税務署においては個別的な通達を出して取扱いの統一を図っています(相続税関係個別通達「名義変更等が行われた後にその取消し等があった場合の贈与税の取扱いについて」及び「同通達の運用について」)。その取扱いの概要を以下、ごく簡単にまとめました。詳細につきましてはこれらの通達をご確認ください。
(1)不動産や株式などの財産(以下、「財産」といいます)を、本来の所有者から他人名義に変更した場合であっても、その名義人がその事実を知らず、その財産から生ずる収益などを受取っていないときは、贈与税の課税がされる前に本来の所有者に名義を再度変更したときに限り、贈与税は課税されません。ただし、贈与税の課税を免れる意図を持ってされたと認められる場合を除きます。
(2)(1)以外で、その名義変更が何らかの過誤によってされた場合、又は軽率にされた場合であっても、それらの事情が本来の所有者の年齢その他により確認できるときは、贈与税の課税がされる前に本来の所有者に名義を再度変更したときに限り、贈与税は課税されません。また、その名義変更が、法令に基づく制限、その他これに準ずる真にやむを得ない理由が生じたため、その名義人となった者との合意により名義を借用した事実が確認できるときにおいても、同様とされています。この「その他これに準ずる真にやむを得ない理由」とは次に該当する場合をいうものとされています。
①債権者からの督促等があり、財産の名義変更が強制執行等を免れるためであると認められ、その名義変更が通常の生活に重大な支障が生じるなど真にやむを得ない事情により行われた場合。ただし、本来の所有者の配偶者や三親等内の血族及び三親等内の姻族の名義とされた場合は除かれます。
②住宅の本来の取得者が、特別の事情があって、他人の名義を借りて住宅ローンの借入と住宅の取得をした場合において、本来の取得者がその住宅の真の所有者であることを確認できる一定の事実があること。
(3)財産の名義変更の基となった贈与契約が、法定取消権又は法定解除権に基づいて取り消され、又は解除された場合には、その取り消され解除されたことが、贈与者である本来の所有者の名義に再び変更したことその他により確認されたときに限り、その贈与はなかったものとされます。 この場合の法定取消権や法定解除権は、おおむね、民法第96条の詐欺又は脅迫に基づく取消権、同法第754条の夫婦間の契約の取消権、同法第5条第2項の未成年者の法律行為の取消権、同法第541条の履行遅滞による解除権などが挙げられます。そして、その取消しや解除の態様に応じて所定の事実が認められるときは、その贈与はなかったものとされます。ですが、法定の取消しや解除ではなく、単なる当事者間の合意に基づいた贈与契約の取消しや解除の場合には、贈与税が課される、とされています。
以上のような取扱いが定められているとしても、すべてのケースにおいて贈与税の課税が行われない又は一度された贈与税の課税が取り消されるかというと、必ずしもそうとは限りません。
たとえば、当時80歳の親から19歳の孫に対する会社の出資口の実勢価格とはおおよそかけ離れた低額な譲渡(その譲渡価額が適正かどうかについては、税理士に相談せず、単に税務署に口頭で確認しただけした)が行われ、その後株式の贈与税の評価額と譲渡価額との差額約9,900万円に対する贈与税として約5,800万円が課税された事案があります(最高裁第二小法廷平成18年10月6日決定)。そのお孫さんは、裁判所に出訴して争いましたが、裁判所はその訴えを退けました。この事案における株式の譲渡に至る経緯をみますと、現経営者である子が病に臥して余命いくばくもないという状況下で、税理士などのアドバイスを求める手立ても分からず致し方がない状況の中で、現経営者である自分の死後経営権に争いがないようにとやむを得ず行われたものでした(無償による財産の名義変更とはいえませんが、実質的には異ならないといえます)。このような事案ですら、贈与税の課税は違法ではない、と判断されてしまったのです。
結論といたしましては、財産の安易な名義変更は極力されないほうがよろしいと思います。