株式等 医療法人の出資持分
医療法人とは、医療法を根拠として設立される法人です。医療法人といいましても、「社団医療法人」・「財団医療法人」、「社会医療法人」、それから租税特別措置法の適用を受ける「特定医療法人」などの形態があります。ここでは一般的な「社団医療法人」のみを前提に話を進めて参ります。
医療法人制度は、平成19年4月に大幅に改正されました。それまでの医療法人の社員(医療法人の構成員)は、医療法人の設立に際して自己が出資した割合に応じ、医療法人の財産額に対し持分を有するものとされ、死亡や退社などにより社員資格を喪失した場合、医療法人に対し出資額に応じて持分の払戻しを請求することができる、とされてきました(旧社団医療法人モデル定款第9条)。しかし、公益性・非営利性を徹底するため医療法の改正がおこなわれ、医療法人が解散した場合の財産は国等に帰属する、と定款に定めなければならないとされ(医療法第44条第5項)、定款において社員が退社により出資持分の払戻し請求することができる旨の規定を定めることが認められなくなりました。これにより、平成19年4月以降に設立の認可が申請された医療法人の社員は、出資持分を有しないこととされました。改正前の、社員に出資持分がある医療法人は、「持分あり医療法人」と呼ばれ、平成19年改正時の経過措置によってなお存続が認められていることから「経過措置医療法人」とも呼ばれています。改正後の、社員に出資持分がない医療法人は「持分なし医療法人」と呼ばれ、平成19年4月以降に設立認可の申請がされた医療法人はすべてこの形態となっています。「持分なし医療法人」も近年増加傾向にありますが、日本全国にある医療法人の多くは依然「持分あり医療法人」です。
この持分あり医療法人の社員は、医療法人の財産額に対して持分を有するため、その出資持分には財産価値があります。たとえば、医療法人としてクリニックを営んでおられる医師である理事長は、設立時に当然医療法人に対し出資をされて社員となられているでしょうから、医療法人の出資持分を有しています。この医師の方が万一お亡くなりになった場合、この出資持分は相続財産となります。通常は、その相続人の方が医療法人の出資持分を引継いで社員となることが多いと思います。が、一方で死亡は社員資格の喪失事由とされているため、相続人の方は医療法人に対し出資持分の払戻しを請求することもできます。そして医療法人が相続人の方から出資持分の払戻しの請求を受けますと、医療法人にとっては存亡の危機に立たされることにもなりかねません。実際に、相続人の方から4億円を超える払戻しの請求を受けた医療法人もあります(最高裁平成22年4月8日判決)。では、このような事態を回避するため、医療法人が、持分あり医療法人から持分なし医療法人に移行することは、可能なのでしょうか。手続き的には、医療法人の定款を変更する(社員資格を喪失した場合や解散した場合の社員に対する払戻し請求権を認める旨の規定を削除し、解散した場合の残余財産の帰属を国等とする旨の規定を設ける)ことにより移行が可能です。しかし、税金上、様々な問題が生じます。特にクリアするのが難しい問題と考えられるのは、医療法人に対する贈与税の課税の問題です。相続税法では、持分なしの医療法人に贈与税を課す規定を設け、この法人を介して持分を放棄して医療法人に財産を提供した社員からその親族等への利益の移転を図って相続税や贈与税の負担を回避しようとすることを防止しています(相続税法第66条第4項)。この規定に基づく医療法人に対する贈与税の課税を回避するためには、次の4つの要件をすべてクリアしなければなりません(詳細は、相続税法施行令第33条第3項、平成20年7月8日付法令解釈通達「持分の定めのない法人に対する贈与税の取扱い」ご参照)。
(1)運営組織が適正であるとともに、医療法人の定款に、その役員等のうち親族等の数がそれぞれの役員等の数のうちに占める割合は、いずれも3分の1以下とする旨の定めがあること。
(2)医療法人に財産の贈与や遺贈をした者、その法人の設立者、社員や役員等又はこれらの者の親族等に対し、施設の利用、余裕金の運用、解散した場合における財産の帰属、金銭の貸付、資産の譲渡、給与の支給、役員等の選任その他財産の運用及び事業の運営に関して特別の利益を与えないこと。
(3)医療法人の定款で、解散した場合の財産の帰属が国等に帰属する旨の定めがあること。
(4)医療法人に法令に違反する事実や帳簿書類に取引の全部又は一部を隠蔽したり仮装したりして記録や記載をしている事実など公益に反する事実がないこと。
これらの要件をみてわかるように、持分あり医療法人から持分なし医療法人へ移行する際に医療法人に対する贈与税の負担を回避するためには、医師である理事長1人によるオーナー体質から脱却し、組織の大幅な転換を断行していかなければなりません。医療法人自体の将来をどうしていくのか、判断が求められることになります。
ちなみに、持分あり医療法人の社員の方がお亡くなりになった場合の相続税の課税上、出資持分は、相続人の方が出資持分の払戻しを受ける場合、払戻し請求権としての評価となり、純資産価額により評価(時価純資産価額と簿価純資産価額との差額に対する法人税等相当額を控除することができません)されます。そして、この出資持分の払戻しは、税金上は実質的に医療法人からの剰余金の配当とみなされます(ちなみに医療法上は、医療法人による剰余金の配当は禁止されています)ので、配当所得として所得税が課税されることになります。一方、相続人の方が、出資持分の払戻しを受けずに社員の地位を承継した場合、出資持分は、相続税の課税上、非上場株式の評価に準じて評価されます。
また、持分なし医療法人の社員の方がお亡くなりになった場合、もともと出資持分を有しませんので、上記のような課税を受けることはありません。ただし、その医療法人が基金制度(医療法人の運営を安定させるために金銭など財産の拠出をもとめる制度)を採用している場合において社員の方が基金を拠出しているときは、拠出された基金は医療法人から返還を受けることができますので、その拠出額が相続財産として相続税の課税の対象となります。